遠隔医療は大きく4つに分類される
こんにちは、橋本康弘です。私自身の長いアメリカ生活での経験を元に、TaqTik Healthの社長として今回はお話したいと思っています。
アメリカ在住で遠隔医療が既に生活の一部になっているところがあるので、そういった体験を含め、なおかつ日本でも国立の医療機関などでもお手伝いをさせてもらっているので、日本とアメリカとの違いをお伝えしたいと考えています。
そもそも「遠隔医療」と聞くと、ほとんどの方がビデオ診療を思い浮かべると思います。
しかし実際はそれだけではありません。大きく分けると4つに分類されると言えます。一番多いのは先ほどの「ビデオでの対面診療」ですね。ビデオ通話を使った診察です。
その次が「Store-and-forward(医療情報の共有)」です。医療情報を一度保管し、後から共有や意見交換を行う方法です。
そして「遠隔モニタリング」です。ウェアラブルの技術などを利用し、患者さんのバイタルサインや行動をリアルタイムでモニタリングし、その情報を診断や治療の参考にする方法です。
最後が「モバイルヘルス」です。携帯電話を利用し、健康状態やバイタルサインをチェックし、健康維持に利用する方法です。
このような形で分類されますが、特に上の3つがよく使われていると思います。
アメリカで普及した大きな理由のひとつは“医療のデジタル化”がかなり進んだこと
では、なぜアメリカで遠隔医療がこれほどまでに普及したのか。それにはいくつかの要因があります。
大きな理由のひとつが、デジタル技術が他国に比べてかなり進んでいたことです。それを上手に活用しようと、オバマ前大統領の時代に「医療のデジタル化」を大きく推し進めました。
そして背景には、アメリカの保険制度の歪みも関わっています。アメリカでは実は、医療保険に入っていない人が20%もいます。加えてさらに20%が「ベースの保険は持っていても、医療費が高くて病院に行けない人たち」です。かなりの人たちが医療に手が届いていません。
遠隔で診療を受けた場合、1回払いで済むため、毎月払わなくても問題ありません。これは、上記のような方たちにとってはとても大きなことなのです。つまり、今までは子供が熱を出しても病院へは連れていけなかったけれど、ビデオ診療であれば1回70ドル支払えば受診できるようになりました。さらに、コロナウイルス感染拡大の影響もあり、医療機関を訪問するハードルが高くなったことも影響し、ビデオ診療の需要がグンと高まりました。
また、遠隔医療などデジタル化したツールで集められた医療データは、その後の研究・開発に使うことができます。「データを溜め込もう」という計画もあり、他国に比べてアメリカの遠隔医療が大きく進んだと、理解しています。
背景には“アメリカの法律”も関係
アメリカでここまで普及したのには、法律的な背景もあります。オバマ前大統領が任期を務めていた当時、医療情報におけるプライバシーを保護する法律として「HIPPA(Health Insurance
Portability and Accountability Act)」ができました。
それと同時に進められたのが「HITECH(Health Information Technology for Economic and Clinical Health
Act)」です。デジタル化をサポートするために医療機関に補助金を渡し、その代わり、期限が過ぎても行っていなければ罰則を科すというやり方です。これが、特に電子カルテや医療情報の保護において大きな影響を及ぼしました。
そこからコロナ感染も広がり、それがトリガーとなり、遠隔医療がガッと広がっていったと感じています。ただ、コロナが始まってグッと増えたものの、みんなが徐々にコロナ禍での生活様式に慣れていき、そこからは少しずつ頭打ちし、遠隔医療は少しずつスローダウンしてきています。ここからは、年率10%〜20%で成長していくのではないかと、マーケットデータとして上がってきているところです。
アメリカでビデオ診療が普及した理由
ここまでは“遠隔医療”全体についてお話しました。ここからは、ひとつずつのアプローチについて詳しく説明していきます。まずは、ビデオ診療についてです。これはドクターと患者、またはドクター同士がリアルタイムでビデオ通話、あるいはそれと同等なものを使い、医療行為をサポートするものです。
先ほどの通り、アメリカでは医療保険を持たない人が非常に多いので、こういった方が一番恩恵を受け、多くの方がビデオ診療を利用したという背景があります。
さらにアメリカの場合、専門医に診てもらいたくても、まずはGeneral
Doctor(かかりつけ医)に診てもらう必要があります。そして、持っている医療保険により異なりますが、専門医に診てもらえるまで、3カ月や4カ月かかってしまいます。これでもマシな方なのです。そこが、デジタル化したことで「明日ビデオで10分だけ診てください」とかかりつけの総合医に診てもらい、その1週間後くらいには専門医に診てもらえるくらいのスピードになり、日本に近くなってきているように感じています。
そして、ドクター同士もビデオを活用することで、患者さんへのアドバイスができるようになったと思います。一般医が専門的な知識を持たない場合は多く、一般医が専門医に意見を聞くことで、診断をオンラインで手に入れることができるようになりました。
また、アメリカの医師は常に医療知識をアップデートして、ライセンスを更新する必要がありますので、絶えず教育が必要。そこにもライブでのカウンセリングが役立っていると思います。
Store-and-forward(医療情報の共有)
次が、Store-and-forward(医療情報の共有)です。これは、医療情報を一時保管し、時間差で他の医師が情報にアクセスすることで意見交換や診断を行う方法です。
長所は、
- ①リアルタイムではないので、閲覧する医師のスケジュールを柔軟に確保できること。
- ②患者さんは何度も検査せずとも一度情報を提供すれば済むこと。
- ③複数の医師の意見を簡単に入手できるので、セカンドオピニオンを求めやすいこと。
- ④言語や文化の障害を縮小できることが挙げられます。
ただ、一旦セーブされた情報が不十分である可能性もあります。最初にきっちり医療情報を保管しておかないと、Store-and-forward(医療情報の共有)が上手く進まないことがあるのが短所としてあります。
また、複数のドクターが関与する際には待ち時間が長く発生することもあります。アメリカでは民間医療保険会社から医療保険を購入するのが一般的なために、異なるドクターが異なる医療保険に所属する際には、保険会社間のやり取りがスムーズに行えず、医師間の情報交換に時間がかかることもあります。
遠隔モニタリングの実用例
そして、遠隔モニタリングです。WEMEXさんが主催で三菱地所さんや他の企業、そして我々TaqTik
Healthも仲間に入り、マンションの住民の方にウェアラブルデバイスを装着してもらい、データをモニタリングし、クラウドで収集・データ分析を行いました。
必要に応じたリアルタイムのカウンセリングもWEMEXさんが行い、遠隔医療のフルパックを提供できたのではないでしょうか。
遠隔医療全体の長所と短所
ここで、遠隔医療そのものの長所と短所を一度整理してみます。
大きなところで言うと、患者さんはタイムリーで適切なアドバイスを受けることができ、治療の質が向上しました。そして医療スタッフ・受付スタッフの拘束時間も短くなりました。アメリカではコストを下げ自社の利益を上げることも重視される文化のため、予約などの細かいところもデジタル化を進めることで、効率的に質の良い医療を提供できるようになっています。
対する短所としては、遠隔医療に関しては診療報酬が低いことが挙げられます。遠隔で行うことで効率良く進み、受付なども全てシステム化されるため、働く時間が短くなります。それによって診察料が低くなるという仕組みです。効率化には良いのですが、医療従事者、特に医師から不満の声が出ています。
また、遠隔医療の組織化が十分でないと全てがスムーズにいきません。ただ、日本のように、一つ二つの保険者だと良いのですが、アメリカはかなり多くの保険者がいるので、そこをまたいだ医療はなかなか難しいのです。医療情報の共有化に関しては、オバマ前大統領が重要視し、共有化をしなければ実刑を食らう可能性があるので、医療情報に関してはスムーズに手に入るようになりました。
そして、アメリカですらIT技術において改善の余地があり、国土が広いためWi-Fiがなかなか通じない場所もあるため、技術的な問題も抱えています。
アメリカにおける遠隔医療の課題
遠隔医療においては、先ほど話した「HIPPA法」の遵守は課題というよりもやらなくてはいけないことです。違反すると実刑が科せられることがあるため、医療機関はセキュリティに関してはビクビクしながら過ごしていると思います。
そして、Store-and-forward(医療情報の共有)に関しては、最初の段階での情報の質が良くないといつまで経っても良いものが出てこないため、どのようにその品質を保証するか、どういう形で評価するかが大きな課題となっています。
また、アメリカにおいて遠隔医療を大きく阻む要因としてあるのが、州を超えると医師免許が使えないことです。これが遠隔医療にも適用されているため、難しい課題として存在しています。
そして、診療報酬が低く、モチベーションが上がらないことも課題です。これは日本でも同じ課題と言えるでしょう。
ただ、世界で一番大きな遠隔医療の会社であるアメリカのTeladoc Health Inc.は、各州ごとに顧客と医師のネットワークを上手に作り上げています。また、Teladoc Health
Inc.の一番最近の決算を見てみると、年率は10数%伸びており、慢性疾患のモニタリングやビデオが安定している中、海外における収益が一番伸びていることが分かります。決算書に細かくは書いていないですが、海外での普及活動を進めているのではないかと考えています。
課題に戻ると、Doctor to
Doctorの領域では、州に限定されていること・保険会社の違いの影響により、どこまで成長していくのか読めないところがあります。保険会社間の医師のコミュニケーションがどこまでスムーズに出来るかは課題です。そして、アメリカは訴訟の世界なので、何かあった時の責任をどちらの医師が追うかも問題になるでしょう。そのため、Doctor
to DoctorはAIに置き換わるのではないかという声も上がっているのが現状です。
一方で、Doctor to Doctorは教育面においてとても活用されているのも事実です。医療スタッフや医師はライセンスを更新しなくてはならないので、そういった点やオペの教育において活かされています。
また、Doctor to
Patientにおいては、最初はZoomやFaceTimeを用いて遠隔での診療を行っていました。しかし、HIPPA法などによって捕まる事案が出てきたため、最近では簡単なやり方ではいけないと考えられるようになっています。
しかし、医師は患者さんの医療情報をきっちりと保管し、精度の高い通信を行うことが必要だと考えられてはいますが、技術面での課題がまだまだ存在します。
医療データをどのように保管するか、どのように追跡するか、どうクオリティをコントロールするかは常に課題です。これが上手くいかなければ、訴訟の対象となり、下手すると罰則を課せられてしまうので、この課題の解決は急務であると言えます。
アメリカ企業による今後の遠隔医療戦略
では、どのようにアメリカの遠隔医療産業が伸びていくのか。個人的には、Teladoc Health Inc.が先駆けて取り組んでいる「パーソナライズ医療サービス」だと考えています。
Teladoc Health
Inc.では、コンシェルジュドクターサービスのようなものを会社のネットワークを活用して各州で作っています。アメリカの医療保険は歪なので、受けたいと思っても専門医に診てもらえない……という状況を解消する事業を進めているわけです。
そして、メンタルヘルスと糖尿病をはじめとした慢性疾患など、この辺りでの遠隔医療が伸びていくのではないかと推測しています。
また、アメリカではエピック社の「マイチャート」というアプリを、人口の約半数である1億5000万人ほどが利用しています。冒頭で話した通り、20%の人は保険を持っておらず、もう20%の人は医療に手が届いていない。つまり、医療アクセスができる人たちの8割が使っていることになります。
僕も使っていますが、なかなか使い勝手が良く、医師の検索から予約、問診、結果を見ることや支払いまでもアプリ上ででき、ビデオカウンセリングも可能。少し時間はかかるかもしれませんが、将来は日本もこういった姿になるのではないかと僕は思っています。
──以上、橋本康弘先生の「米国における遠隔医療の現状と今後」レポートでした。