温故知新!古代エジプトから使われる「メス」の歴史
メスはオランダ語でナイフを意味する「mes」が、幕末より定着した言葉。英語では「scalpel」または「knife」、ドイツ語では「Messer」と呼ばれる。メスを使う外科医療の歴史は古く、古代エジプトまでさかのぼるといわれる。パピルスに残された史料によると、当初は黒曜石を鋭利に加工しただけのものをメスとして利用していたが、紀元前16世紀には小型で刃の部分が小さいメスやナイフが登場した。頭蓋骨を開頭した痕跡のあるミイラも発見されていることから、古代エジプトでは脳外科手術がおこなわれていたという一説もある。
一方、古代インドでは、メスやハサミなどの手術器具が早くから発達。患者をアルコールで酩酊状態にしての腸切除のほか、膀胱を切開して結石を取り出したり、白内障の患者から水晶体を取り除くなど、高度な技術も存在したという。また、古代インドには罪人や捕虜に対して鼻削ぎの刑罰があったため、削がれた鼻の修復にメスを駆使した形成手術が行われており、それを考案したスシュルタは今日でも形成外科の先駆者として名を馳せている。
医学の父ヒポクラテスが「外科医は戦場で腕を磨け」と述べたように、その後は戦争を通してメスなどの手術器具や外科技術が進歩。15世紀のルネサンスを契機に古代の医療技術が見直され、科学技術が急速に発展した。
さらに、麻酔法や消毒法などが導入されると、メスは外科医にとって重要な位置づけとなった。血管や神経の損傷を最小限にくい止める刃先の曲がり具合や柄の持ちやすさの研究開発が進み、メスの持ち方も切る用途にあわせてバイオリン弓把持法・食刀把持法・執筆法などが編み出された。
昭和初期頃まで、大病院には研磨室と呼ばれる道具の手入れを行う工房があり、注射針やメスを研いで消毒するための研磨職人が常駐していたが、時代の移ろいとともにメスの形態も進化。刃部と柄部が一体化したメスから、研磨のいらない替刃型メスへ、そして衛生上の理由から使い捨てメスが主流となった。さらに、高周波電流を利用して切開や止血をする電気メスや、レーザー光線を使用するレーザーメス、機械の先端から超音波振動を出して組織を凝固切開する超音波メス、マイクロ波を照射して止血や凝固をするマイクロ波メス、ジェット水流の水圧で血管や神経を傷つけず組織だけを除去するウォータージェットメスなど、様々な医用機器のメスが多用されてきた。