目次
Q1.特定健診・特定保健指導制度はなぜ作られたのでしょうか
国が抱えていた課題と世界の動向
A.もう四半世紀前のことと思うと時の流れに驚くのですが、政府は高齢化の進展に伴う医療費の伸びに危機感を抱いていました。将来の社会の活力と医療費の伸びの抑制のため、循環器疾患、糖尿病など予防可能な疾患への対策が急務とされました。
糖尿病実態調査(2002年)と健康日本21の中間評価では、中高年男性における肥満の増加、歩数の減少、糖尿病およびその予備群の増加、透析導入患者数の増加などが報告されました。
また、脳卒中の死亡率は減少してきましたが、要介護状態など健康寿命を短縮する原因として注目されるようになりました。
おりしも世界各国で糖尿病等に対する生活習慣介入研究がすすめられ、予備群の段階でプログラムに沿った生活習慣介入を行うと、糖尿病の発症が半減することが報告されました。とくに肥満を原因とする対象者でその効果は明らかでした。
また、血糖、血圧、脂質の異常を一つ一つ別の疾患としてみるのではなく、内臓脂肪型肥満を原因とするメタボリックシンドロームとしてとらえる概念が提唱され、診断基準が作成されました。
リスクの重複に着目して、病気の上流測での対策を行うことの意義が明らかにされ、予防医学のシステムに導入していくことが効果的と考えられました。
それまでも生活習慣病対策として自治体や企業等による健診制度が運用されていましたが、「早期発見・早期治療」のイメージが強く、予備群等を含めた生活習慣改善への支援は不十分でした。結果表を渡されるだけで特段の指導がないため、毎年検査値が悪くなっていくのをただ眺めているだけという状態だったといえます。
なかには熱心に保健指導に取り組んでいる自治体や企業、保険者もありましたが、対象者の選定基準や方法はまちまちで、その効果検証ができていないことも課題と考えられました。
生活習慣改善により予防可能なメタボリックシンドロームを焦点に当て、制度を開始
そのような状況の中、厚生労働省では新たな健診・保健指導制度を構築するための検討会を立ち上げました。改正の要点は以下の通りです。
- ①健康寿命の延伸と医療費適正化を目的とする。
- ②医療保険者が健診・保健指導の実施主体となる。その理由として
- 健診・保健指導により疾病の発症や悪化が抑制されれば、医療保険者としてのメリットがある。
- 医療レセプトデータのほかに健診データを保有することにより、加入者個人の健康状態を包括的に把握できる。
- 保健指導の効果を短期的・中長期的に評価できる。
- ③健診によって把握でき、かつ生活習慣改善により予防可能なメタボリックシンドロームの概念を導入する。
- ④健診データの判定基準、保健指導の対象者抽出基準、保健指導方法の基本を標準化し(「標準的な健診・保健指導プログラム」策定)、全国の保険者・保健指導機関で実施可能な方法を提示する。
- ⑤健診・保健指導の実施率やその効果を評価するため、健診・保健指導データを電子的な方法で支払基金に登録する。
- ⑥国は匿名化データをナショナル・データ・ベースとして分析し、効果検証することにより制度の改善を図る。
こうして検討会、審議会の合意のもと、国会審議を経て法律改正が行われ、2008年度特定健診・特定保健指導制度が動き出したのです。
Q2.特定保健指導制度の開始によってどのような変化がありましたか
5年ごとの制度見直しにより、進化をし続ける特定保健指導
A.まずは保健指導の制度としての進化があげられます。
特定保健指導制度では、保険者と保健指導機関との間の契約を円滑に進めるため、また、保健指導終了の認定に全保険者共通のルールが必要であることから、ポイント制が導入されています。
本制度の実施率は加算減算制度(*1)や保険者努力支援制度(*2)などのインセンティブの主要評価指標ですので、公正な終了認定が求められているのです。
そのほか、健診・保健指導の実施方法について「標準的な健診・保健指導プログラム」や「手引き」というルールブックに明文化し、全国・全保険者共通ルールを定めています。
国は事業評価結果をもとに達成状況を確認して課題を整理、最新の研究知見も踏まえてよりよい方策について検討し、5年ごとに制度を見直しています。
PDCAサイクルについては、保健指導をしたことで集団または個人の健康状態が良くなること、ひいては疾病発症を予防できるかに着目して分析しています。また、実施率を高めることが重要視されており、保健指導実施にマイナスの影響を与えている要因がないかも検討します。
このようにPDCAサイクルを回すことが、保健指導制度の鮮度を保つことにつながっていると思います。
全国統一のルールのもと、実際にどのように運用していくのかは、保険者の方針、保健指導機関の工夫、保健指導者のスキルにかかっています。
関係機関により構築された運用体制
保険者は実施方針の策定や保健指導機関の選択と委託、保健指導効果の評価を行います。保険者の機能として、実施率やメタボ改善効果が評価されます。健保組合等は、保険者ニーズを把握したうえで具体的な提案をする保健指導機関と協力して、効果・効率を高めてきました。
事業所とのコラボヘルスを進めることにより、保健指導を受けやすくする環境づくりやメタボを増やさないためのポピュレーションアプローチに取り組むところも増えてきました。
保健指導機関では、保健指導者の採用と研修、参加率と効果を高める魅力あるプログラム作成や資材の工夫、保健指導効果の評価、脱落を防ぎ終了率を高めるための保険者特性に合わせた提案などをしてきました。
「保健指導」が仕事として確立したのはこの制度の大きな成果といえるかもしれません。
保健指導者は、外部研修やOJT(職場内研修)の中で、メタボ病態に関する理解を深め、行動変容につながる保健指導のスキルを磨き上げてきました。特定保健指導の目的は、対象者の健康意識の向上と行動変容、ひいては内臓脂肪の減少と検査値改善を達成することです。
スキルの底上げを目指して、国の策定した研修ガイドラインに基づいた研修が、都道府県、保険者、医療関係団体、学会等により広く実施され、保健指導者を応援しています。
保健指導参加により体重減少等の効果も
このような関係者の努力のもと、保健指導終了者数は2008年度全国で約30万人だったのが2021年度には約130万人に、実施率も7.7%から24.6%へと増加しました。政策目標である実施率45%にはまだ及びませんが、15年の経過を経て本制度が定着してきたことが分かります。
健診データや実施した保健指導の種類等については、全国統一規格でデータがナショナルデータベース(NDB)に蓄積されていますので、国、研究者等による効果検証も進んできました。保健指導参加者では非参加者と比べて翌年度以降の検査値改善や服薬開始率の低下がみられました。
大規模実証事業においても、保健指導参加により体重、腹囲、HbA1cに有意な効果を認めることが示されています。
私たちの研究でも、積極的支援の1年後に3%以上の体重減少により血圧、血糖、脂質、肝機能などの有意な改善を認めることが分かりました。
本制度は関係機関が一緒になって着実に前進してきたといえます。これにより、改めてメタボおよび予備群において内臓脂肪を減らす取り組みの有用性について社会的認知が進みました。特定保健指導だけでなく、健康日本21、健康経営や健康なまちづくりにもつながっています。
保健指導の方法や意義が広く認知されるようになり、重症化予防への道を切り開くことができたことも特記すべきことと思います。
Q3.なぜ第4期のタイミングでアウトカム評価が導入されることになったのでしょうか
A.どんな制度でも、運用している間に見つかった問題点、社会情勢の変化や新たな研究成果に応じて、よりよい形に改善していくことが求められます。特定保健指導制度ではその実施率や効果を高めるためにどのように改善すべきかを議論し、5年ごとに改訂を加えてきました。
第2期から議論の遡上に上がった課題の一つが、積極的支援のポイント制です。第1期を開始するにあたり、保険者と保健指導機関との契約を円滑に進めるため、保健指導プログラムを一定の基準で評価することを求められ、定められたのがポイント制です。
しかし、『積極的支援の目的が「180Pに達成すること」にすり替わっているかもしれない』との声が保険者、保健指導実施者から出てきました。そこで、制度の本来の目的に基づき、よりよい実績評価の方法を検討することになりました。
アウトカム重視は本制度の理念 原点回帰
これまでのポイント制は、どのくらいの時間(総量)の保健指導を実施したか、つまり『実施量』についての評価です。
それに対し、アウトカム評価とは『対象者の行動、目標の達成度(成果の数値目標)を評価するもの』であり、保健指導対象者に起こった変化を重視する考え方です。
本制度の原点に立ち返れば、ポイントよりも上位の目的である「保健指導の効果」、つまりアウトカム評価を終了認定に組み込むことが理想的と考えられました。
アウトカム評価指標としては、3ヵ月後の実績評価の際に、すべての保健指導対象者において取得可能な情報であり、かつ健康指標の改善を予測できる指標が必要です。
保健指導の結果期待される対象者の変化としては、
- ①理解・意欲の変化
- ②行動の変化
- ③体重・腹囲の変化
- ④血糖・脂質・血圧等の変化
- ⑤メタボリックシンドローム判定の変化
- ⑥薬剤の開始状況
- ⑦合併症、要介護状態、早期死亡の減少
などが考えられます。
3ヵ月の短期間で⑥、⑦を判断することはできません。次年度の健診結果を評価することにより④、⑤を評価することは可能ですが、保健指導機関の契約期間中に判定するためには3ヵ月後に評価できることが必要であり、実績評価に採用することは難しいと考えられます。
『自己申告でも可、血液検査の必要なし』の現在のルールを崩さずに実績評価するには、②、③の測定が妥当ということになりました。①の意欲向上も保健指導の短期的変化としては重要ですが、本制度の目的は行動変容であることから、少なくとも②の段階に進んでいることが必要とされました。
アウトカム評価導入の決め手となったモデル実施
体重減少率と検査値の改善の間に相関関係があること、3%以上の減量で血糖、血圧、脂質の有意な改善を認めるという研究成果や日本肥満学会ガイドライン等を参照し、『3%以上減量の8割達成(2.4%)』もしくはより簡便化する方法として『腹囲2cm以上かつ体重2kg以上』とする案が提示されました。
一方、3ヵ月後の評価が良くても1年後にはリバウンドする可能性も心配されました。
そこで、第3期に『モデル実施』にて保健指導効果や運用方法を検証しました。モデル実施を実行した保険者では、事業主とのコラボ、アプリ活用、スポーツ施設との連携などの工夫をして取り組み、参加者の2~5割がこの目標を達成(プログラムにより相違あり)、翌年度の健診結果も良好であったと報告されました。
『2cm2㎏で合格』という具体的な目標設定が参加者のモチベーションを高めたとの報告もありました。
この結果を受けて、第4期の実績評価としてアウトカム評価を導入したという経緯です。
ただし、『腹囲2cm以上かつ体重2kg以上』に達していなくても、行動変容や『腹囲1cm以上かつ体重1kg以上』を評価するとともに、保健指導実施量も併せて評価するので、本人にあった無理のない目標設定や保健指導を行うことが重要です。
▽第2回のコラムをご覧になりたい方はこちら
https://www.phchd.com/jp/medicom/park/idea/healthmanage-point-02
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