目 次
1. クリニック経営と病院経営の実態は?
医療機関の経営は年々厳しさを増しています。規模の大きい病院は特に経営が厳しく、統廃合により病院数が減少しています。一方、クリニックの中でも病床をもたない無床診療所が増加しています。
厚生労働省の『医療施設(動態)調査』*1 によると、過去20年で一般病院数は2000年9月の9,266院から2020年9月末日現在で8,243院に減少し、20年間で約11%も少なくなっています。同期間に、一般診療所(病床20未満)は92,824院から103,405院と逆に約11%増加しています。有床診療所は診療報酬が低く赤字体制から抜け出すことが難しいため、有床診療所から無床診療所への転換が進んでいるのです。
直近のコロナの影響については、「日本病院会」「全日本病院協会」「日本医療法人協会」の3団体が発行した2021年2月16日付の『新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況の調査(2020年度第3四半期)』*2によると、外来患者数・入院患者数の減少が継続しています。2019年11月と2020年11月の比較では、病院の46%が赤字となっています。(調査数1,419)
*1 参考:厚生労働省「医療施設動態調査 2020年9月 」「医療施設動態調査 2000年9月 」「医療施設調査 2019年9月 」
*2 参考:一般社団法人 日本病院会
「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況の調査(2020年度第3四半期) 」
2. クリニック・病院経営が赤字になる原因は?
病院は、地域の医療機関として公的な性格を持つため経営効率だけを考えて経営改善を図ることが難しい特性があります。赤字の原因としては、医師と看護師の慢性不足解消と働きかた改革に対応するための人員増で人件費・採用費の増加が続いていることに加え、経営層と医療提供者が異なるため、経営改善策が進みにくい構造であることが挙げられます。
医療現場では医療の質を維持しようと従来の医療提供体制を変えたがりません。地域医療構想に合わせた病棟構成の変更、病床稼働率向上などの経営改善策を提案しても、医師・看護師はなかなか受け入れず、慢性的な赤字経営になっているところも少なくありません。
クリニックの経営では、地域と診療科により集患が難しいとか家賃や人件費が高いなどの影響を受けます。分院展開している大型の医療法人以外は、医療提供者と経営者が同一であることが多く、クリニックの赤字は院長の経営能力の不足が原因となっています。
3. 経費を黒字化させるポイントとは?
病院とクリニックでは、経営形態が異なるため、クリニックの経費コントロールについて考えてみます。経費コントロールについては「診療の質を落とさない」「職員のモチベーションを下げない」の2点が重要です。その上でできることを考えていきます。
(1)コストの実態を知る
残念ながらクリニックの院長の中には、自院の経営実態をあまりご存じでない方もいます。「経費コントロールと言えばコスト削減」となりがちですが、まずは自院の利益構造を確認し赤字の実態を探ります。今回は経費コントロールがテーマのため、医療収益の改善や原価については触れません。ただ、単価いくらの患者が何人くる医療機関なのか、基本的な収益構造や原価率は抑えておくと良いでしょう。
その上で、コストについては全体ざっくりでなく、下記の5項目に分けてコストの実態を知ることから始めます。
①人件費
②ランニングコスト(一般経費)
③戦略経費(広告費、研究開発費、教育費)
④金利
⑤減価償却費
一律にコスト削減するのではなく、経費の中身をしっかり把握した上で医院経営を維持する視点でムダをなくす戦略を立てましょう。
(2)経費のムダを探る
経費の無駄を探るという観点では、①②③全てを対象とします。④⑤はすぐに減らすことはできませんが内容を把握しておきましょう。
①人件費
人件費のムダは、働いている人の給与や時給を下げることではありません。採用コストや人事労務管理費のムダはないか確認しましょう。
採用と早期離職の繰り返しは募集時のミスマッチが原因です。採用方法を見直すことで、無駄に繰り返す採用コストの削減、採用とその後の教育に関わる人件費削減ができます。また、専門医療職と非常勤勤務医を雇用しているクリニックは人件費の負担が大きくなりがちです。医療設備投資に合わせて、配置した専門医療職の稼働率は適正かどうか確認しましょう。
②ランニングコスト(一般経費)
医療機器やコピー機、通信費などの保守管理費は適正なのか確認しましょう。開業時に割高な設備や備品を導入したために、毎月の保守管理費や利用料が過大になっている場合もあります。
③戦略経費
戦略経費の中で、広告費は費用対効果をしっかり確認しましょう。効果ないまま、SEO対策の広告費に多額の費用をかけている場合は検討しなければなりません。SEO対策の前に自院の患者さんが知りたい情報をきちんと出し続けるほうが大事です。
●コスト削減についてはこちらも参照ください。
手段はいろいろ、コスト削減
(3)院内の労働生産性を上げる
労働生産性を上げるため、ITの活用を考えているクリニックも多いようですが、すぐに大掛かりなIT機器を導入する必要はありません。まずは、院内のスケジュールや情報共有など、院内の連絡や確認で時間が取られることなどからITの活用で改善していくことが重要です。また、新型コロナの影響で、患者さんの問い合わせも増えていますが、すべて電話やメールで個別対応が必要かについてもあらためて検討していきましょう。
4. 経費削減へ向けた進め方とは?
(1)採用時のミスマッチをなくす
常に人手不足のクリニックでは採用費もばかになりません。採用しても短期でやめてしまう理由について考えましょう。クリニックの働き方や人間関係の問題もありますが、採用時の情報発信不足が原因の場合も少なくありません。
当院の診療方針、院長の考え方、期待する職員像を募集案内に具体的に示すことが重要です。当院の考え方に共感した人だけが応募する仕組みを作ると、応募者数は減りますが、面接時のミスマッチを防ぎ面接の質も上がります。採用後の短期間の退職も防げます。
非常勤医師は、常勤医師に比べて単価が高くシフト作成にも手間暇がかかります。非常勤医師が本当に必要なのか、常勤医師を確保する方法はないのかなど、診療科の構成も含めて検討します。
医療専門職の稼働率が低い場合は、その検査・業務だけを特定の曜日に集中させ、外部委託や派遣を利用することもできます。
(2)コスト適正化
長く開業しているクリニックでは、長年の取引だからと医薬品や消耗品の過大な在庫や高い仕入れ先からの医療品・消耗品の購入が続いていることがあります。通信費、消耗品、リース料など一度本当に必要なのかも含めて、ゼロベースで見直しを図りましょう。一つひとつのコストは小さくても院内全体では大きなコスト削減ができます。
(3)IT化による業務効率化
新型コロナの影響で、小児科、眼科、耳鼻咽喉科などの受診控え*3が続いています。感染拡大防止対策をとっているのか、診療時間の変更はないかなど、患者さんがクリニックへ確認したいことが増えています。電話問い合わせしなくても患者さんの欲しい情報が得られるようなHP、SNSを活用すると患者さんの利便性も上がります。
また、感染拡大防止と院内の待合室での密を避ける目的でもWeb予約とWeb問診の導入が進んでいます。電話対応と予約や問診業務の時間を減らすことでスタッフの労働生産性が上がります。
*3 参考:一般社団法人 日本病院会「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況の調査(2020年度第2四半期) 」
5. 今後、クリニック・病院経営に求められることは?
(1)地域医療構想に合わせた地域連携
クリニックの赤字削減では、コスト削減と医療収益の増加の両方が必要です。最近の診療報酬改定では、地域包括ケアシステムに関連する病診連携や介護施設との連携、かかりつけ医機能、入退院支援や医療連携の強化等および医療従事者の働き方改革推進を高く評価しています。地域の医療・介護・行政との連携の中での、自院に求められる役割を考え、診療体制の整備が必要です。
(2)情報発信
高度成長期に増加した病院・クリニックの中には、地域からのかかりつけの患者ばかりだから、HPや院内広報は不要と思っている経営者もいます。しかし、新型コロナ以降、不要不急の外出制限を理由に、クリニックの通院を控える患者が増えています。通院時には、診療時間の変更や感染拡大防止状況について確認してから通院するというように、行動パターンが変わっています。その時に求められるのは、適切な情報発信です。高齢者が多いクリニックでも本人はスマホを使わなくても確認するのは家族です。
(3)院内コミュニケーション
以上のような地域連携や情報発信を適正に続けるためには、院長と外部の業者だけではできません。医事課や受付スタッフと分担し、HPやSNS、電話対応や院内でもクリニックのスタッフが全員同じ情報提供をできるように、院内のコミュニケーションや情報共有の仕組みを作ることが大切です。
ビジョンを共有し風通しの良いチームを作ることで、小規模なクリニックにありがちな縦割りの業務分担から院内全体を俯瞰し効率良い働き方ができるようになり、結果としてコスト削減につながります。
筆者プロフィール
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