コロナ禍の開業にあたっての「コンセプト」決め
新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の感染拡大の影響から、クリニックを取り巻く経営環境は様変わりしている。現在は、患者が増えにくい「非増患時代」がやってきており、常に「感染対策」を行うことが求められ、急激な「デジタル化」を踏まえた、効率的な経営が求められている。そのような状況下で、開業に向けての考え方も見直しが迫られているように感じる。そこで、今回はコロナ禍で開業する際の「コンセプト」についての考え方を解説する。
開業コンセプトは過去のモノ真似では通用しない
いきなり「開業コンセプト」を考えてください、と言われてもなかなか難しいものだ。コロナ禍でクリニックを取り巻く経営環境は変わっており、過去の先輩クリニックのコンセプトが必ずしも正しいとは限らない。そのような時、開業コンセプトの作成に向けて、考えを整理しやすい方法としては、ミッション・ビジョン・バリューを考えることをお勧めしている。
ミッション
「ミッション(Mission)」とは、使命や目的と訳される。何のために医師になったのか、なぜこの仕事をやっているのか、を過去から現在までの医師人生を振り返ると明確になる。医師になろうと思ったきっかけや、研修医、勤務医と進むにつれて、場面場面で考えてきたことを整理すると良いだろう。
また、勤務医から開業医に変わることは、人生の第2ステージを意味しており、大きな決断が伴っているに違いない。自分の残された人生を使って、何を成し遂げたいのか、そんなことも考えてみてはどうだろうか。これはビジョンにもつながる部分である。
ビジョン
「ビジョン(Vision)」とは、運命、目標と訳される。どんな未来を思い描いているのかを、5年後、10年後、と考えることで明確になる。これからの約20年~30年間という長い時間を、残された医師人生をかけて、なにを達成していきたいかを楽観的に思い描いてほしい。この楽観的にというスタンスは非常に大切だ。コロナ禍でどうしても暗くなりがちな今、開業への不安は日に日に高まるだろう。しかし、この難しい環境を逆手に取れば、未来は誰もわからないし、決まっていないからこそ、自由に未来を思い描いて良いのではないだろうか。何年後かにビジョンを振り返ってみると、案外それに近い人生が歩めているというものである。
ビジョンを決める際の注意点としては、具体的な数字目標に落とし込むことが大切である。数字がなければ、事業計画は作れないし、開業後の効果測定もしにくいからだ。数字という明確な目標にコミットすることは、非常に大切だ。
バリュー
「バリュー(Value)」とは、価値観と訳される。自分が何ができるか、どんな価値を提供できるか考えることだが、クリニックの場合は、その地域社会にどんな価値を提供したいかを考えることになる。まずは、診療科、専門領域、医師として大切にしている価値観、一人の人間として大切にしている価値観などをきっかけに考えていくと良いだろう。
未来(ビジョン)から俯瞰逆算で考える
この「ミッション」「ビジョン」「バリュー」の関係を時間軸に落とすならば、ミッションは過去から現在まで、バリューは現在、そしてビジョンは現在から未来という関係になる。人生は常に連続しており、開業したから新しく人生が始まるわけではない。未来は過去の延長線上にあるという考え方がベースになっている。
どの順番で、これを検討していくかも大切である。過去、現在、未来と考えるとうまくいきそうに思われるが、私はあえて未来であるビジョンから始めた方が楽観的に考えられるのでお勧めしている。まずは、楽観的にビジョンを描き、バリューやミッションと照らし合わせながら、微調整していく方が頭の中のイメージ化が進みやすいと考えるからだ。
ペルソナ
ミッション、ビジョン、バリューが決まったら、「地域の分析」を行う必要がある。その地域住民や患者、立地、競合などを調べる作業だ。この作業を進める際に、「SWOT分析」を行うことも一つの整理方法であろう。S(Strength:強み)W(Weakness:弱み)O(Opportunity:機会)T(Threat:脅威)の4つの頭文字をとった分析手法である。これを行う上で、自らの特性や差別化要因が明確になり、その地域で生き抜く上でのセールスポイントが見えてくるはずだ。
特に、コロナ禍では外部環境(O、T)が大きく変わってきている。コロナ禍の感染対策の徹底により季節性疾患は減少し、緊急事態宣言などの影響で「受診控え」が進むことで患者数は確実に減少している。そのような環境の中で、感染対策、働き方改革、生産性向上といった流れから急速に「デジタル化」が進んでおり、デジタル機器との上手な付き合い方が大切な時代となっている。このような外部環境変化に合わせて、内部環境(S、W)の分析を行うことをお勧めする。
これらの分析を行った上で、「ペルソナ」を決める必要がある。自分がクリニックを開業した際、どんな患者に受診していただきたいかを考えるのだ。これは「理想の患者像」と言い換えても良いだろう。「地域社会の困りごとを探す」と考えればわかりやすいかもしれない。これを決めることで、地域のどんな住民、患者に、どんな価値(サービス)を提供するのかが明確になる。
コンセプトづくり
コンセプトは、自分の伝えたいことを相手に伝わるレベルで言葉にする必要がある。ミッション、ビジョン、バリューによって、地域社会へ自分が伝えたいことが整理され、ペルソナによって相手の伝わるレベルが明確になったわけだ。これらが決まれば、いよいよコンセプトづくりに移ろう。これは後に、クリニックの経営理念のベースになるものだ。クリニックに関係するステークホルダーが理解できる言葉でまとめることが大切だ。
コンセプトは、「5つ程度の短い文章」で表現することをお勧めする。あまり多すぎると、クリニックの戦略が広がり過ぎて、焦点がぼやけてしまう恐れがある。少なすぎても今度は伝えきれない恐れがある。
また、語尾に「思う、考える、だろう」といった曖昧な表現を使わずに、言い切るような表現にすることで、クリニック成功への決意が現れると考える。